岡村靖幸 「ヘルシーメルシーについて」
保留していた記事に加筆してやっとUP。
ヘルシーメルシーを聴いて私が思った事。
「はっきりもっと勇敢になって」が発売されてから、6年ぶりの発表となる新曲
「ビバナミダ」の2曲目に収録されている「ヘルシーメルシー」。
タイトルの意味を直訳すると、”健康(的) ありがとう(感謝)” 岡村靖幸のこれまでを考えると感慨深いタイトルである。
英語と仏語の各国の言葉を使っているのは「ビバナミダ」からの流れだろうか。
韻を踏んでいるところもなんだか岡村ちゃんらしい気がする。
今までに沢山作ってストックしてあった曲の中から選ばれたものなのか、今回の為に書き下ろした曲なのか。
歌とは、もともと神へ捧げる 心からの祈り、言いたい事、伝えたい事、感謝の気持などの詞(コトバ)から始まってる。
なのでこの歌詞は 困難を乗り越えた岡村靖幸が、一番伝えたいことなんだと思いながら聴き入った。
イントロ、ドラムとギター音 踏みしめて前進するようなテンポと、合いの手のように鳴るシンプルなギター音から始まる。
岡村ちゃんが奏でるギター音。岡村ちゃんと言えばギター。シンプルな音使いのせいか、自然に歌詞に集中出来る。
始めの4行は岡村靖幸の過去を想起させる。
壁の向こう側でのことを意味していて
歌詞の単語からは、辛く逃れたくなる風景を連想させる。
後ろ(過去)をしっかりとみつめる事で、それを歌詞に表すことで
これが後ろなんだと、見たくない過去でも、どこが後ろなのか、
後ろの位置が分かったならば、今度は前を向ける。人
過去なのか いつなのか、現在なのか時間軸の分からない場所にいるのではなく、
ヘルシーメルシーという曲の中では、
岡村靖幸の過去と現在(今)があり、未来にまで目を向けるられている。
「これからは充実しよう」と繰り返し歌っている、そんな気がした。
Aメロ 過去
Bメロ 憧憬 グロッケンのような音が優しい
サビ 不甲斐なさと謝罪 目標
重ねられた裏声コーラスが良い。”中2病のように好きで仕方ないぜ”の意味なのか。
『青春いつまでもピカ光っていたいような衝動 でも健康管理や食事はとっても大事』
40代後半の今でも、そのルックスとキャラクターでアイドル的な存在でもある自身を振り返ったリアルな歌詞に聴こえた。
『そうかもBaby ひっそりとひとりで孤独は疑問さ
あの頃の君と大切な時を 頬張ってみる そっと夢の中で』
あの頃大切に出来なかった君と 今 夢の中でともに在る。淡く優しく切ない。
繰り返される「すいません」「こんなに好きだって」「ねぇ分かってよ」
「孤独は疑問さ」「充実しよう」
これは岡村靖幸の願いであり決意である。と発売当初に感じていたけれど
もしかしたら、『もうすでに充実した時間を過ごせるようになってきた岡村靖幸から
リスナーへの呼びかけ』なのかもしれない?とも思うようになった。
純粋にサウンドのノリを楽しむ聴き方としては、フォーキーでシャウトや掛け声がこれぞ岡村ちゃん!なり。
曲のキャッチーな「すいまっせーん」がとてもいい。思いきりが良い。
どんな気持も歌に出来る、誰にも真似出来ない岡村印。この歌声が大好き。
岡村靖幸は今までずっと好きで聴いてきたミュージシャンなので、どうしても上記のような歌詞を勝手に深読みする解釈になる。なってしまう。
もしも、私が日本語を理解出来ない外国人で、歌詞を気にしないとしたならば この曲をどのように受け止めたか。
歌声の好みは人それぞれなので、例えば別の誰かがこの曲を歌ったとして
単語の響きとサウンドで。
........やっぱりどう考えてもかっこいい曲に違いない。
個人的に思い入れが強いので、客観的な曲の聴き方が
出来なくなっているのかもしれないと感じる時がある。
ある曲を聴いて、どうしたら それが音楽を客観的に聴く事になるのかは
わからないけれど。
音楽はそれぞれに、その人が感じた事がすべてだから。色んな解釈があって当然のこと。
人はどうしても伝えたい事があれば、その想いを相手に伝わるように場を設けたり、
メールをしたり、電話をしたり、手段を選ぶ。
もしも真意が伝わらずに誤解を受けたら、改めて伝え直す。
自身の作品を世に出すことは、色々な受け取られ方をする、受け取り手が自由に解釈し、受け取りてに委ねられる。
岡村靖幸は音楽を選んだ。
追記
ステージ上では、震えながら歩くような動きをしていて、ヨボヨボと歩く靖幸じいちゃんがそこにいた。
今後は健康に留意しながら
ひとりの人間として充実した生き方を目指すよ、という歌だ。そうあってほしい。
復活以後、多くを求めることは無理をさせる事になるので良くないと考えていたけれど、
こうゆう曲を聴いてしまうと 岡村靖幸に期待をしない事が間違いな気がしてくる。
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追記:その2
酔った勢いで書いたので なんだか少し手厳しい表現になったかも..
ラブソングとして聴くと 世の中の分かってない男子を代表して女子に謝ってくれてる
ように受けとれるので とても気分がイイです 。
”そうかもBaby〜”の歌い方が、なんかいいです。
DATEで聴く前は、弾き語りスタイルでジャカジャカと歌ってるイメージでした。
こんな風にギターを弾けたらいいなと、ギターを弾きたくなるような曲。
次回は「ラブビデオ」についての記事をUPする予定です。
(今度はちゃんと素面でね(・∀・) )
追記:その3
「ヘルシーメルシー」は系統として、「せぶんてぃ〜ん」「やましいたましい」と並ぶ歌だと思います。ギターメインで弾き語り的な点。
せぶん、やまたま>>切なくかきむしるようなギターと、どうすることも出来ない悲しみに寄り添うベース音。
「やましいたましい」の間奏でポロポロ鳴る音がまるで涙みたいに聴こえました。
「せぶんてぃ〜ん」は優しい音がひとつ、奥で響いているところに救いを感じる。
胸を締めつけられるメロディラインとギターの響きが効いている曲。
この2曲は、岡村ちゃんのボーカルに濃厚な魅力がありますが、曲調と歌詞はヘルシーメルシーの対極にあると思います。
ヘルメルは爽やか……ではないんですが...
なんというか ヘルメルは、濃厚セクシーボーカルでありながら、前2曲とは明らかに違う。。。エロ可愛さ?
絡み付くようなセクシーボーカルなんだけれど、どこか真っ直ぐなところがある歌に聴こえました。
表題作のビバナミダとカップリングとしての組み合わせから考えてみると、ビバはベース打ち込み系で身体が反応し気持の良いうねりがあり、攻めの勢いでズンズンいわせながら、切なさも内包している煌めきのある、ダンサブルな曲。
一方、ヘルメルはシンプルなスタイルで岡村ちゃんの息づかいが肝になる曲。
音楽を始めた遠い昔、ギターを持って演奏する十代の岡村君の原風景を垣間見たような、そんな気がしました。
岡村靖幸が生み出す音楽性の幅広さを感じ取る事の出来るカップリングではないでしょうか。
(余談:私が岡村靖幸を初めて知ったきっかけはTVから聴こえてきた”SUPER GIRL”でした。当時この曲の音使い、纏った雰囲気に、なんて洗練されたお洒落な音が聴こえる曲なんだろうと思いました。その点はビバにも共通するものがあると思います。※ビバについての記事>
『ビバナミダ』について最初に考えた事 - takaran's diary
)
アナログレコード盤 裏ジャケ
色文字は多分 岡村ちゃん直筆で味わい深い。ピーチマークも入ってます。